ブログは自分史である

Greet van lerberghe birth 1920w
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この記事は Dries Buytaert 氏の公式ブログ「dri.es」の翻訳記事です。Driesブログの記事一覧よりすべての翻訳記事をご覧いただけます。

ブログは自分史である

母が生まれたばかりの赤ちゃんだった頃、祖母の腕に抱かれ、祖父母と曾祖父母に囲まれている写真。

私は曾祖父母と会ったことがありません。彼らは日記も手紙も残さず、わずかな写真だけが残っています。時々その写真を見ながら、彼らが何を大切にしていたのか考えることがあります。彼らの日常はどんなものだったのでしょうか?何が彼らを笑わせたのでしょうか?どんな問題に向き合っていたのでしょうか?

そして気づくのです。私の子孫にとっては、状況が違うかもしれないと。私のような長年続けているブログは、事実上の自叙伝なのです。

これまでのところ、ブログには私の人生のほぼ20年が記録されています。博士課程での研究、子どもたちの誕生、そしてDrupalをリードしコミュニティを構築することを学んだ日々。2つの会社を立ち上げたときの興奮や、その過程で学んだ教訓も含まれています。

そして近年は、AIが何を変えるのかを理解しようとする深夜の投稿も記録されています。それらは移行期にある世界のスナップショットです。いつの日か、AIがかつて新しいものだったことを思い出すのが難しくなるかもしれません。

ある意味で、ブログはデジタルタイムカプセルです。曾祖父母が残してくれていたら良かったのにと思う、まさにそういった記録なのです。

このようなことを念頭に置いてブログを始めたわけではありませんでした。アイデアを共有し、声に出して考え、Drupalコミュニティを導き、他者とつながるために書いていました。個人的なアーカイブは副産物だったのです。

今は違った見方をしています。そこには、父親になろうとしている自分がいます。長く続くものを構築する方法を見つけようとしている自分がいます。深夜に、目の前で起きている技術の変化と格闘している自分がいます。

もし私の孫たちが、私がどんな人間だったか知りたいと思ったら、推測する必要はありません。私の声を聞くことができるのです。

このアイデアに心を動かされるなら、今がブログやウェブサイトを始める良いタイミングかもしれません。大勢の読者を獲得するためではなく、ただ足跡を残すために。未来のあなた自身が、始めたことに感謝するかもしれません。

By Dries Buytaert

この記事は「A blog is a biography」(投稿日:2025-12-12)の翻訳記事です。

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