東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構は、宇宙の根本的な謎に挑む国際的な研究機関として、ノーベル物理学賞受賞者である梶田隆章教授を擁する世界有数の研究拠点です。同機構がDrupal 6からDrupal 7への移行において直面した課題と、それを乗り越えた技術的アプローチから、学術機関のWebプラットフォーム構築における重要な知見を探ります。
課題:文書化されていないレガシーシステムの継承
カブリ数物連携宇宙研究機構が2017年に直面していた最大の課題は、既存のDrupal 6ベースのWebサイトに関する技術仕様書が存在しないことでした。
システムの現状分析
- 技術的負債の蓄積:別の開発者によって構築されたDrupal 6システムには、実装方法や機能の詳細を示す仕様書が一切残されていませんでした
- リバースエンジニアリングの必要性:開発チームは既存の機能と実装手法を一から解析する必要に迫られました
- 継続的なコンテンツ公開:移行期間中も研究成果の日々の発信を停止することはできませんでした
- 多言語対応の複雑性:日英両言語での研究コンテンツ配信という要求事項がシステム設計を複雑化していました
学術機関特有の制約
研究機関としての性質上、Webサイトは単なる情報発信ツールではなく、国際的な研究成果を継続的に共有するためのミッションクリティカルなプラットフォームでした。特に梶田隆章教授のノーベル物理学賞受賞により注目度が高まる中、システムの安定性と機能性の両立が求められていました。
ソリューション:完全再構築による技術基盤の刷新
開発パートナーであるANNAIは、単純なマイグレーションではなく、Drupal 7による完全再構築というアプローチを選択しました。
戦略的な設計判断
- フルリビルドの採用:レガシーシステムの複雑性を考慮し、既存システムからの単純移行ではなく、Drupal 7の機能を最大限活用した新規構築を実行しました
- 段階的移行プロセス:旧サイトからのコンテンツアクセスを維持しながら、新しいコンテンツの日々の公開を並行して行う移行戦略を策定しました
- プラットフォーム最適化:Drupal 7で利用可能になった新機能を積極的に取り入れ、従来のDrupal 6では実現できなかった機能を実装しました
技術実装のポイント
- コンテンツ継続性の確保:移行期間中のコンテンツ公開を中断することなく、ユーザーが旧サイトのすべてのコンテンツにアクセスできる仕組みを構築しました
- 多言語機能の強化:Drupal 7の多言語機能を活用し、日英両言語での研究成果発信を効率化しました
- カスタム開発の最小化:Drupal 7のコア機能とコミュニティモジュールを活用することで、保守性と拡張性を重視した設計を実現しました
成果:持続可能な研究発信プラットフォームの実現
2017年の移行完了から現在に至るまで、同機構のWebサイトは継続的な進化を遂げています。
即座に得られた効果
- 機能面の向上:Drupal 6では利用できなかった新機能により、コンテンツ管理の効率性が大幅に改善されました
- 運用の安定化:移行期間中もコンテンツの継続公開を維持し、研究成果の発信に影響を与えることなくプラットフォーム更新を完了しました
- 技術基盤の近代化:より安全で拡張性の高いプラットフォームにより、将来的な機能追加や改善への対応力が向上しました
長期的な価値創造
現在、同機構のWebサイトはDrupal 10まで進化を続けており、当初の移行戦略が長期的な成功の基盤となったことが証明されています。この継続的なプラットフォーム進化により、国際的な研究成果の発信において技術的制約を感じることなく、研究活動そのものに集中できる環境が実現されています。
技術ポイント
レガシーシステム移行のベストプラクティス
- 仕様書なき状況での対応法:既存システムの完全な解析から始まる段階的アプローチ
- コンテンツ継続性戦略:旧システムと新システムの並行運用による無停止移行
- プラットフォーム選択の判断基準:単純移行よりも将来性を重視した完全再構築の価値
Drupal 7活用の技術的メリット
- 多言語機能の充実:学術機関の国際的な情報発信要求への対応
- コミュニティエコシステム:豊富なモジュールとサポート体制による開発効率の向上
- セキュリティと保守性:エンタープライズレベルの要求事項に対応できる堅牢性
学ぶべきこと
戦略的な技術判断
レガシーシステムの課題に直面した際、表面的な問題解決よりも、組織の長期的な目標を見据えた根本的なソリューション選択の重要性が浮き彫りになります。カブリ数物連携宇宙研究機構の事例では、短期的なコスト削減よりも将来の拡張性と保守性を優先した判断が、結果的に8年以上にわたる継続的なプラットフォーム進化を可能にしました。
学術機関のWebプラットフォーム要件
研究機関のWebサイトは、一般的な企業サイトとは異なる特殊な要求事項を持ちます。継続的な研究成果の発信、多言語対応、国際的なアクセシビリティなど、ミッションクリティカルな機能を損なうことなく技術更新を行う必要があります。
オープンソースCMSの進化への対応
Drupalの事例が示すように、オープンソースプラットフォームは継続的な進化を前提とした設計が重要です。現在のDrupal 10への進化も、2017年の移行時点での適切な技術基盤選択があったからこそ実現できた成果といえるでしょう。
出典
Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe 2017/09/04 (CC BY-SA 2.0)
記事執筆にあたっての注記
本記事は、Drupal.orgのケーススタディを参考に、独自の視点で再構成・執筆したものです。数値データや固有名詞については原典を参照していますが、技術的な解説などについては、執筆者の経験と知見に基づいて記述しています。
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